ウマ娘の勝負服はG1のみ
ウマ娘がG1レースに出走する際にはそのウマ娘専用の勝負服を着て出走することになっています。
もしもウマ娘たちが史実通りのレースにしか出走しなかった場合はどのウマ娘が勝負服に袖を通すことが無かったのか?
勝負服に袖を通したことが無いもしくは少ない人物は?
雑談掲示板より
名無しのトレーナー
ウマ娘がモデル競走馬と同じ運命を辿ったとして
①勝負服に袖を通したことが無い人はいるか?(ウララを除く)
②一番、勝負服に袖を通したことが少ないのは誰か?(ウララ・マルゼン・タキオン・フジキセキ辺りを除く)名無しのトレーナー
ウララとマルゼンさん以外はみんなG1出走したことあるよ
一番出走回数が少なかったのは多分だけどユキノビジンの3回名無しのトレーナー
え?マルゼンさんってGⅠないの??名無しのトレーナー
マルゼンさんの時代はグレード制導入前な上に八大競争にも出てない(朝日杯には出て勝ってる)
シービーの4歳(旧5歳)からがグレード制導入年かな名無しのトレーナー
まあ厳密には、だな。
一応朝日FSの前身でとんでもない勝ち方してるがそもそもマルゼンさんの頃はグレード制が、、名無しのトレーナー
マルゼンさんってそんなに古かったのか…
戦後すぐとまではいかずともルドルフのちょい上くらいの認識だった名無しのトレーナー
マルゼンさんとシービーの年齢差は6歳だね、ルドルフとは7歳
そこまで離れてる訳じゃないんだけど、シービールドルフの世代が日本競馬変革の時代だったんよ名無しのトレーナー
マルゼンさんデビューの1976年がどんな年かというと…
・カラーテレビの普及率90%台に突入
・口付(フィルターなし)たばこ生産終了
・南北ベトナム統一
・こち亀連載開始
・福永祐一誕生名無しのトレーナー
他にも宅急便の開始とか徹子の部屋がスタートとか猪木対アリとか…
日本の変革の時期にマルゼンさんは走っていたんだけど、競馬の変革はもう少し後だった名無しのトレーナー
ターボって3回だっけ名無しのトレーナー
有馬×2の秋天×1だから3回なはず
勝負服を持ってないウマ娘(=G1出走経験なしの有名馬)の可能性を探してみましたが、国内はハルウララぐらいしかいないという結論に達しました。マルゼンスキーがグレード制導入前という意味では該当するが勝負服持ち。地方馬に可能性をかけてみてもJBCの壁が高すぎる。そろそろハルウララに、体操服でない勝負服を着せてあげたい。サンタコスウララじゃダメなんか?
#ウマ娘ハルウララのデザインが春をイメージしたシンプルな体操服なの地方馬で決まった勝負服がないからなんだな……なんでハルウララの勝負服体操服なんだって思ったら、GI出てないからか
ウララちゃんとか史実では地方で頑張っていた子を除いてウマ娘でG1に全く出走したことが無い子自体が珍しいようですね~
育成に実装されている娘はG1の舞台に出れる上澄みだから・・・
ウマ娘の大半は勝負服を着ることができずにレース場を去る
だから勝負服を着る時にあんなに喜ぶし、思い入れがあるんだろうな