【競馬】ゴールドシチーも活躍した悲劇の1987年クラシック世代

コメント

1. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 12:10:13 返信

   クラシックに間に合わなかったけど、タマモクロスが実は同期なんだよね

   ちっちゃな体に、背負い過ぎだよ……

2. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 12:17:54 返信

   ゴールドシチーは放牧してて気付いたら前足どっちかプラプラしてたんだっけ

3. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 12:31:38 返信

   競馬好きな人はこういう出来事は忘れられずに残るのかな。それなら競馬って辛いこと多くないか？

   • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 12:55:47 返信

     だからこそ熱くなる部分もある

   • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 15:07:35 返信

     だからこそ勝っている馬に興奮するんやで

4. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 13:19:36 返信

   サクラスターオーは
   生まれてすぐに母を亡くし
   デビューしてすぐに乳母を亡くし
   クラシック前には育ての親である生産牧場の牧場長さんを亡くし、
   そうした中で挑んだクラシックでは、
   最も速い馬(皐月賞)と最も強い馬(菊花賞)を決める戦いでは勝ったけど、
   最も幸運な馬を決める戦いの場(ダービー)には立つことが出来なかったというのが、
   悲劇的なんだよな…

5. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 13:19:57 返信

   マティリアルはもう競争生活とその馬名(素質)のギャップが皮肉過ぎた
   クラシックも中距離G1も優に取れる素質と言われながらシンボリ軍団の育成方針と致命的に噛み合わなくて全く勝てなかった

6. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 13:43:16 返信

   ゴールドシチー自殺しようとした説が最近そうなのかなと思い始めてきた
   盟友達がいなくなる中、自分はと

   • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 14:35:08 返信

     エアシャカールもあったな、そんな説っていうか……

   • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 15:07:50 返信

     詳しくおしえてくらはい

   • 名無しのトレーナー 2021/07/10(土) 23:16:33 返信

     九州に送られて他馬と喧嘩して
     死因でさえ「他馬との喧嘩の最中に怪我した」って言われるくらいだったからな。

7. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 14:22:09 返信

   シチーたんにこんな過去があったんか…悲しみ

8. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 14:36:12 返信

   ゴールドシチーの声優さん、アニメに出番なかったのに毎週ツイッターでコメントしてて偉いなと思った(こなみ

   • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 14:39:26 返信

     あとキャラソン、歌上手いと思った

9. 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 16:35:46 返信

   スターオーの最期を知ると、予後不良馬の延命措置ってやっぱ馬を苦しめるだけなのかなって思ってしまう

   • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 17:39:19 返信

     ミルリーフとか、一命を取り留めた例が無いワケではないんだけどね

     • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 18:21:34

       サクラローレルも良くて競走能力喪失、最悪安楽死って大怪我から復帰してブライアンやトップガンを相手にGI勝利、 フランス遠征でも予後不良級の故障をするも、諦めて安楽死の許可を取りに来た現地の人をフランス語話せる厩舎スタッフが必死に止めて、何とか生きて日本に帰ってこられたんだよな でもって御年27歳で存命 ただ奇跡的に命を繋いだ例の影で何頭もの馬が苦しんで死んでいったことを思うと、生かすにしろ安楽死さ...全て読む

       サクラローレルも良くて競走能力喪失、最悪安楽死って大怪我から復帰してブライアンやトップガンを相手にGI勝利、
       フランス遠征でも予後不良級の故障をするも、諦めて安楽死の許可を取りに来た現地の人をフランス語話せる厩舎スタッフが必死に止めて、何とか生きて日本に帰ってこられたんだよな
       でもって御年27歳で存命

       ただ奇跡的に命を繋いだ例の影で何頭もの馬が苦しんで死んでいったことを思うと、生かすにしろ安楽死させるにしろ判断は一筋縄ではいかんよな……

     • 名無しのトレーナー 2018/06/27(水) 20:22:18

       それでこそスズカの脚をスペが支えた元ネタのカリズマティックなんて、彼処でクリス・アントレーが脚を支えたことで日本で種牡馬入りし、地方交流G1で3勝を挙げたワンダーアキュートも生まれなかった。
       他にもミスターシービー産駒のヤマニングローバルは大成しなかったものの天寿を全うしている。
       しかしながら生き残る方が稀有なんだよなあ。

     • 名無しのトレーナー 2018/06/28(木) 00:14:16

       テンポイントは、今や「大きな犬」のようだった。

     • 名無しのトレーナー 2018/06/28(木) 00:26:03

       ヤマニングローバルは普通なら安楽死って骨折のところボルト埋め込んで重賞勝てるまでに復活してるからなあ

10. はなちゃん 2018/09/07(金) 22:30:38 返信

    ゴールドシチーと同世代にサクラスターオーがいましたね。東信二さんにとって特に思い入れの強い馬だと思います。約半年ぶりの復活の２冠達成は、ファンの人たちは誰もが感動しましたし、「菊の季節にサクラが満開。」という杉本清さんの名実況も生まれました。その約２ヶ月後の有馬記念で悲劇は起こってしまいましたが、せめて種牡馬になれたらよかったなと思います。天国では元気にしてるかなあ。ゴールドシチーたちと一緒に仲良...全て読む

    ゴールドシチーと同世代にサクラスターオーがいましたね。東信二さんにとって特に思い入れの強い馬だと思います。約半年ぶりの復活の２冠達成は、ファンの人たちは誰もが感動しましたし、「菊の季節にサクラが満開。」という杉本清さんの名実況も生まれました。その約２ヶ月後の有馬記念で悲劇は起こってしまいましたが、せめて種牡馬になれたらよかったなと思います。天国では元気にしてるかなあ。ゴールドシチーたちと一緒に仲良く過ごしてください。感動をありがとう。

11. 名無しのトレーナー 2019/02/23(土) 02:53:58 返信

    ウマ娘で、スズカが天皇賞後に復活したのは嬉しかった。あとはスタちゃん（サクラスターオー）が笑って、走ってる姿を見たい。今でも大好き。スターオー。

12. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その１ 2020/10/07(水) 22:43:33 返信

    移動させていただきました。ご迷惑をおかけいたします。 全ては自分が振って、多くの感想をいただいてここから始まりました。 元スレ：雑談掲示板４－５－１３５の枝 投稿日：2019/1/9 23:38.50　 クリスマスの夜。美浦寮8702号室。 　私には前世？というような記憶がある。 　それはウマ娘が存在しない世界で、「馬」と呼ばれる４本足の動物になって人間を背負ってターフを駆けていたようなものだ。 ...全て読む

    移動させていただきました。ご迷惑をおかけいたします。
    全ては自分が振って、多くの感想をいただいてここから始まりました。

    元スレ：雑談掲示板４－５－１３５の枝
    投稿日：2019/1/9 23:38.50　

    クリスマスの夜。美浦寮8702号室。

    　私には前世？というような記憶がある。

    　それはウマ娘が存在しない世界で、「馬」と呼ばれる４本足の動物になって人間を背負ってターフを駆けていたようなものだ。
    　まさに荒唐無稽。人間の「騎手」という奴に尻を鞭で叩かれながら走るのだ。考えるだけで気味が悪いし、馬鹿馬鹿しい。

    　だがトレセン学園に入った時には、別の意味で気味が悪かった。私の記憶にある、騎手とやらがトレーナーとして指導し、記憶にある馬と同じ名前のウマ娘が山ほどいたから。

    　そして同期と同じ名前の彼女達の未来が、前世通りになるとは限らない。
    　しかしここまでのレース結果は、記憶にある通り進んでいる。

    　私の左で白滝を食べる鹿毛の彼女が、2年後にレース終了後骨折してしまうこと。その怪我で入院した先で病死すること。
    　私の右で上品ぶって肉ばかり食べてる尾花栗毛の彼女が、なかなかレースに勝てず、引退後の仕事も振るわず、半ば自殺のような最期を遂げること。
    　そして私の面前で鍋の灰汁をとってる黒鹿毛の彼女が、来年最後の大一番で、それも私の目の前で骨折し、治療の甲斐なくやせ細って亡くなること。

    　言うべきなのか、いうべきではないのか。
    　私達は大の親友だが同時にライバルであり、彼女達は馬ではなくウマ娘なのだ。

    「予後不良」が即ち「安楽死」に繋がる世界ではないのはわかっている。

    　私が前世の話をしたところで、「またメリーが面白い事言ってる」と
    笑って流してくれる事も、わかってる。

    　私はどうしたらいいのだろう。そう迷い続けて、ここまで来てしまった。

    　そして私はいつも最後にこう思うのだ。

    　神様がいるとしたら、なぜ私に記憶を残されたのですか？ どうして記憶など残さずに、畜生として転生させて下さらなかったのか、と。

    「メリーさん、箸が止まってるよ」
    「ほっときなさいよ。どうせまたウケるネタでも考えてるに違いないわ」
    「シチー、メリーの分の肉、私と半分にしないか？」
    「ナイスアイデアね、マティリアル。ナイスの分なだけに」
    「ちょっと二人とも〜」

    「なぁ、来年も一緒に鍋しような」

    　そして私はいつもこう言う事しか出来ないのだ。それが何の意味もないという事を知りながら。

    • 名無しのトレーナー 2020/10/14(水) 23:48:49 返信

      たまに無性に読み返したくなるのでまとめてもらえるのは嬉しい。

    • 名無しのトレーナー 2021/07/10(土) 23:11:28 返信

      他の小説サイトには投稿しないのかな？
      凄く良い小説だと思う

13. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その２－１ 2020/10/07(水) 22:48:33 返信

    第２話です。ここから枝を使って２分割始めました。 長文すみません。 元スレ：雑談掲示板５－１０－９５の柱 投稿日：2019/01/29(火) 22:43:28 「有馬記念に出てはいけない？」 　雪もちらつき始めた１２月の美浦寮8702号室。 　私の言葉に、肩口で切り揃えた黒鹿毛をブラッシングする彼女は小さく首を傾けると、いつものように笑顔を浮かべて言った。 「どうしたのメリーさん。今日はいつにもま...全て読む

    第２話です。ここから枝を使って２分割始めました。
    長文すみません。

    元スレ：雑談掲示板５－１０－９５の柱
    投稿日：2019/01/29(火) 22:43:28

    「有馬記念に出てはいけない？」

    　雪もちらつき始めた１２月の美浦寮8702号室。
    　私の言葉に、肩口で切り揃えた黒鹿毛をブラッシングする彼女は小さく首を傾けると、いつものように笑顔を浮かべて言った。

    「どうしたのメリーさん。今日はいつにもまして冗談に磨きがかかってるけど」
    「だから、スターオー……」
    「だってメリーさんも有馬記念に選ばれているんでしょ？　もしかして……メリーさん、ケガ隠してる？」
    「いやしてない、してないよ、スターオー。だからそんな怖い顔しないでくれ」

    　ガラスの脚と呼ばれるスターオーは他のウマ娘のケガにも敏感だ。そして非常に友達思いだ。私を見る笑顔も目だけは笑っていない。もし肯定でもしたら、私のトレーナーはサクラ軍団の大スポンサーが経営する焼肉屋に並んでいるかもしれない。お皿の上に。

    「よかった。菊花賞の時、メリーさん調子が悪そうだったから、今度こそ本気で一緒に走れるね」
    「……スターオー、少し時間を私にくれないか？」
    「……いいよ。どうしたの？」

    　モランボンと書いてある猪毛のブラシを膝の上に置いて私に大きな瞳を向ける。私も四白流星の美少女と言われているし、自分でも人間基準で造りはいい方だと思っているが、スターオーには心底勝てないと分かっている。

    　スターオーの美しさは小顔のつくりとか艶のある黒鹿毛とかじゃない。幼い頃に母ウマ娘を亡くし、祖母ウマ娘はトレセン学園に入る前に亡くし、育ててくれた人間の父ちゃんは脳血栓で亡くなった。それほどまでの不幸を背負いながらも、いつも前向きに生きている強い美しさだ。

    　それは私の前世というか悪夢というか……馬という四足の動物だった頃とそっくりの、美しいスターオーだ。だから来週末に迫った有馬記念は、あのレースだけはどうしても、どうしてもスターオーには走ってほしくない。

    「今度の有馬記念、サクラスターオーには棄権してほしい」
    「理由を聞いても？」
    「聞かないでほしい。もちろん私、メリーナイスも棄権する」
    「誰かに脅されているなら言って」
    「『焼肉屋』の出番はない」
    「……メリーナイス。それで二冠ウマ娘の私が納得すると？　ファン投票一位のサクラスターオーが納得すると思ってる？」

    　恐ろしい笑顔。そう、私は知っている。前世のサクラスターオーは美浦では泰然自若、そしてレースでは煮えたぎるような闘志を剃刀のように鋭く吐き出す恐ろしい馬だった。そして同じ名を持つウマ娘もまた、同じなのだ。

14. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その２－２ 2020/10/07(水) 22:50:20 返信

    元スレ：雑談掲示板５－１０－９５の枝 投稿日：2019/01/29(火) 22:44:22 「夢を、見るんだ」 　私はこちらの骨まで見透かすような、スターオーの鋭いまなざしに耐えながら応えた。 「中山で、有馬記念で、スターオーがケガをする夢を……」 「……夢？」 「もう何度も見ているんだ！　第四コーナーで足首を折ってるスターオーの姿を！」 「……夢」 　そういうとスターオーの顔から怒りがきれいさっ...全て読む

    元スレ：雑談掲示板５－１０－９５の枝
    投稿日：2019/01/29(火) 22:44:22

    「夢を、見るんだ」

    　私はこちらの骨まで見透かすような、スターオーの鋭いまなざしに耐えながら応えた。

    「中山で、有馬記念で、スターオーがケガをする夢を……」
    「……夢？」
    「もう何度も見ているんだ！　第四コーナーで足首を折ってるスターオーの姿を！」
    「……夢」

    　そういうとスターオーの顔から怒りがきれいさっぱりと消えたのが私にはわかった。大きな瞳に満ちていた殺気同様の深い闇は、シチーの言う小春日和になっている。いつもの部屋でスーパーの賞味期限ぎりぎりで余ったお菓子を口いっぱいに頬張る彼女の顔だった。

    「夢の中で、私がケガをしたのを心配してくれたんだね。メリーさん、優しいな」
    「いや、だから……」
    「心配しないで。確かに私はガラスみたいに壊れやすい足をしてるけど、最近はだいぶ強くなったんだよ。メリーさん、実は肝っ玉が小さいでしょ？」
    「……そんなのはわかってるよ」

    　期待されていないことをバネに勝ってきた自分にとって、菊花賞一番人気は恐怖以外の何物でもなかった。ガチガチになってどうやって走ったかすら覚えていない。前世もそうだった。ハナを切っていたかと思えば、いつの間にか第四コーナー。尾花栗毛の尻尾が右に見えたと思った瞬間、はるか先をスターオーは走っていた。

    「スターオーの心臓がでかいことぐらい知ってる。誰が菊の季節に桜を咲かせると思うものかよ」
    「クリスマスにも咲かせてみせるよ。一四一四九四票の夢が、『三冠』が懸かっているんだからね」
    「……そうだな」

    　つい最近、無敵の七冠を達成したあの副会長がいるせいで、現会長も含めた『三冠』という称号は、ウマ娘を知らない世間一般にですら知られている。そして『もしスターオーがあのレースに出ていたら』という陰口は、陰に陽に私の耳に入ってくる。そんな陰口を文字通り一蹴し、普段通り私やシチーやマティリアルとつるむのがスターオーだ。

    　だが、そんな彼女でも『変則三冠』に対する欲望は隠さない。それが私には恐ろしい。魔物のように襲い掛かるその称号。前世の美浦トレセンで私は見ている。菊花賞の後、一回り大きくなったスターオーのガラスの脚を、笑顔を浮かべながらも心配そうに見つめる調教師と騎手の姿を。

    「……コケそうになったら、遠慮なく私にぶつかってきていいからね……ほんとに」
    「そういうメリーさんも大丈夫なの？　菊花賞の時に比べてずいぶん長めのブーツだけど……」
    「あぁ、トレーナーが先生と相談して作り直してくれたんだ。こう見えて柔らかくて走りやすいんだ」
    「私が履いたら間違いなく躓くと思う……メリーさんも気を付けてね。私、同期のみんなとはずっと、ずっと一緒に走っていたいから」

    　それは私も同じだ。だからこそ、スターオーには有馬記念に出てほしくない。私は口に出さず、祈った。

    　あぁ、神様。お願いです。どうか、どうか、彼女を、サクラスターオーを無事にゴールまで走らせてください。

15. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その３ 2020/10/07(水) 22:53:41 返信

    元スレ：雑談掲示板５－５－５３ 投稿日：2019/02/16(土) 22:15:14 　１２月２７日。ついにこの日が、来てしまった。 　私はいつものレースのように、スターオーとは時間をずらして部屋を後にする。レース当日のスターオーは、いつものスターオーじゃない。桜咲く小春日和な真っ黒な瞳は、レースの日に限って彼女の母、祖母、育ての父親の魂が宿る。そしてその全ての魂が勝利を貪欲に欲するのだ。 　それ...全て読む

    元スレ：雑談掲示板５－５－５３
    投稿日：2019/02/16(土) 22:15:14

    　１２月２７日。ついにこの日が、来てしまった。

    　私はいつものレースのように、スターオーとは時間をずらして部屋を後にする。レース当日のスターオーは、いつものスターオーじゃない。桜咲く小春日和な真っ黒な瞳は、レースの日に限って彼女の母、祖母、育ての父親の魂が宿る。そしてその全ての魂が勝利を貪欲に欲するのだ。

    　それが分からないウマ娘達の問いかけに、スターオーはいつも通り笑顔で応える。生死の次元の違う、黒い炎をその瞳からたゆらかしながら。

    「メリー、貴女、一人前に緊張しているの？　らしくないわね」

    　学期は終了しているので遅刻にはならないが、だからと言って１０時に遅い朝食を平然と食べるのはいつもながらいかがとは思う。そんな彼女は今日のメインレースには出走しない。菊花賞では彼女の方が着順は上だったが、グランプリは投票数がモノを言う。

    「悪かったな。私が出ることになって」
    「貴女らしい嫌味にしては、少し覇気が足りないわね。三番人気なんでしょ？　ここは同期のダービーウマ娘として胸を張りなさいよ」
    「ダイナ先輩はちょっと戦いにくい相手だし、マックスやジェームズもいるからな」
    「……ないか悪いものでも食べた？」
    「いや、ちょっと嫌な予感がするだけだ。そっちこそこの前のGⅡどうしたんだよ」
    「……あの白いちっこいの、内からムカつくほど嫌らしい末脚だった」

    　小さく舌打ちするゴールドシチーの瞳が細くなる。白いちっこいのが、これから私達クラシック組の前に立ちはだかるのを知っている。そして大井「分校」と笠松「分校」から「とんでもない奴」が来ることも。

    「一応、スターオーの次くらいには応援してあげるわよ。菊花賞九着さん」
    「そいつはどうも……で、マティは？」
    「また成田に呼ばれたみたい。後援会からお小言でももらっているんじゃない？」
    「そっか。じゃあウィニングライブ、最前列で待ってな」
    「ほざきなさい」

    　シチーの追い払うような手ぶりに従って私は食堂を後にする。通常の授業はないので、そのままチームハウスに。ひょうきんで気さくな、前世では騎手だったトレーナーは私の顔を見て一瞬眉をひそめたが、肩を二度軽く叩いて笑ってくれた。いつも笑って明るい人柄は変わらないんだが、今日のレースで前世の私は……

    「あの、トレーナー。今日の靴の件なんですが」
    「ん？　あぁ長いのは不安か？」
    「できれば前のキツイ方がいいかなと、思うんですが」
    「緊張しすぎだぞ、メリー。その靴は足元の血行を良くする効果もあるんだから気にするなって」
    「靴で血行って良くなるんですか？」
    「いや、ならないけど」
    「ならないんすかｗｗｗ」

    　そうだ。この人こそ私のトレーナー。皐月賞も菊花賞もスターオーに獲られたけれど、メイクデビューからずっと一緒だった。朝日杯もそして日本ダービーも……前世と結果が同じなら、私ではなくトレーナーに何か起こるのだろうか。
    　一瞬前進を突き抜ける冷気。私の震える体をトレーナーは見逃さない。

    「体調不良なら言ってくれ。まともに走れないウマ娘をレースに出すのは一度きりにしたいからな」
    「大丈夫です。問題ありません」
    「上級生との混合レースだ。今日のお前の相手はサクラスターオーじゃない。それだけは忘れるな」
    「わかりました」
    「よし、行ってこい。８バ身ぐらい引き離して、目にモノを見せてやれ」

    　トンと軽く私の背中をたたくトレーナーの平手。それは前世に浴びた鞭の痛みか。かすかに残る痛みを背に、私は勝負服と長くなった白いブーツを入れたリュックを背負い、レース場行きのバスに向かう。

    　目的地は中山、芝２５００ｍ。冬枯れの、日曜日。

16. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その４ 2020/10/07(水) 22:56:42 返信

    元スレ：雑談掲示板５－４－８０ 投稿日：2019/02/17(日) 23:44:26 　寒い。 　検量員に確認したところ気温は冬の平均気温を超えている。今いるレース場はたぶん15℃は間違いなく。だが、寒い。すでに前レースは終了し、紺色のゲートは配置についている。私達をゲートへ押し込む作業員も展開している。この光景はもう何度も経験しているはずなのに、今日に限って震えが止まらない。 　居並ぶレース相手...全て読む

    元スレ：雑談掲示板５－４－８０
    投稿日：2019/02/17(日) 23:44:26

    　寒い。

    　検量員に確認したところ気温は冬の平均気温を超えている。今いるレース場はたぶん15℃は間違いなく。だが、寒い。すでに前レースは終了し、紺色のゲートは配置についている。私達をゲートへ押し込む作業員も展開している。この光景はもう何度も経験しているはずなのに、今日に限って震えが止まらない。

    　居並ぶレース相手を見渡す。

    　ユーワジェームス、マックスビューティ、タレンティドガールといった同級生も心なしか緊張した表情をしている。先輩メンバーを見れば『それなりに』走れるウマ娘であることも前世同様だ。その中でも『ダイナ』ペアは、涼しげな顔で軽口をたたいている。そしてスターオーは例の黒い炎を右目からたゆらかしながら、気後れせず準備運動をしている。

    　コースの先で振られる赤い旗。響き渡るファンファーレ。それに合わせるかのような人間の奇妙な喊声。これもまた前世と同じ。

    　私はもう一度長くなった靴ひもを締めなおす。何度やっても、何度見ても、問題はない。問題はないはずだ。

    「出走ウマ娘、ゲートへ！」

    　発走員の声と共に、私はゲートへと歩みを進める。先に奇数番。スターオーの黒鹿毛とサクラ軍団のユニフォームが３枠５番に。奇数番が入り終わると次は偶数番。私は『タフネス』カシマウィング先輩と、同期のタレンティドガールの間、７枠１４番に入る。

    「ゆっくり走る準備は大丈夫かしら、ダービーウマ娘。今日はスターオーだけが相手じゃないわよ？」
    「ぬかせ、エリ女ウマ娘。お前こそマックスに負けんじゃねぇぞ」

    　隣のタレティが軽口を叩く。それに応えるとすぐ『よ～い』の声が響く。前を向く。視線の先、大きな音を立て金網が一斉に開いて、冬枯れの芝が鮮やかに……

    「あぐっ！」

    　私は躓いた。

    　何度も確認した、切れるはずのない靴ひもが音を立てて切れた。崩れる体幹。視野いっぱいに広がる冬枯れの芝。私は右足を踏ん張り、レース場に倒れるのを堪える。レース中に倒れたらそこで『競争中止』になる。何歩か進んで、私は前を見る。スタートの出遅れは分かっている。鮮やかな勝負服の群れが３歩も４歩も先を進んでいる。

    「こなクソ」

    　騎手がいないこの世界。私はまだレースに参加できる。私はそう思って踏み出した瞬間、靴底から踵のゴムがごっそり剥がれ落ちた。再び崩れる体幹……そして襲い来る絶望。装備品の欠落・損傷は……

    「メリーナイス！　競争を中止し、速やかにコースから出るように！」

    　発走委員の声が背中から聞こえる。分かっている。そんなことはこの世界に生まれる前から『知っている』

    　だが私はまだ走れる！　せめて、せめて、スターオーの傍に！

    　私は靴を脱いだ。壊れていない方も併せて。それを受け取りに来たであろう発走委員に投げ渡すと、私は再び前を向いて走り出す。慌てる発走員を後ろに置き去り。当たり前だ。こっちは時速６０km/hで走れるウマ娘だ。そしてウマ娘は産まれた時から靴を履いていたわけではない！

    　自慢の白いソックスが芝と泥で汚れていく。当然スピードは上がらない。集団との差は少しずつ広がる。だが距離を開けて殿で走る分、コース選択でのロスは少ない。内埒一杯に走ることができる。勝ち負けを気にして位置取り争いするバ群は速度を調節する為、全速ではない。

    　一瞬だけ。私と同じように内埒一杯を走るスターオーの視線がこちらを向く。私は合ったと思った。彼女はどう思ったかはわからない。

    　正面スタンド前、直線に入る。『何やってんだ！メリーナイス！』という観客の、呆れや怒りを含んだヤジが聞こえる。恐らくトレーナーはそんな観客の中に潜んで、苦い笑顔でこっちを見ているだろう。

    　第２コーナーを曲がる。スターオーは変わらず中団後方内々一杯の省エネコース。私の目の前にはマックスビューティがいる。恐らくここから向こう正面にかけて追い上げを駆けるのだろう。勝負は向こう正面を過ぎた第３コーナー。速度が上がる場所、そして……

    　私は何とか追いつこうとする。だがどのウマ娘もここが勝負と思って速度をじりじりと上げる。差はどんどんと広がる。ダメだ、追いつけない。

    　第３コーナー。一気に速度が上がる。後ろから見てると分かる。勝利への欲求が噴き出す場所。我も我もと動き出すバ群。スターオーの首が小さく前に出る。同期のジェームズとマックスは外か。メジロデュレン先輩でもカシマウィング先輩でもいい、誰でもいいから！

    　スターオーの走りが変わる。一瞬横に付けていたメジロデュレン先輩が視線をスターオーに向けた後、するするっと前へと出る。後ろを走っていたクシロキング先輩もスターオーを避けて走り去る……スターオーは苦悶の表情を浮かべながら、それでも前を見て走ろうとする。だが左の足首が全く機能していないのは明らかだ。

    「スターオー！」

    　私は直線入り口で彼女に追いついた。もはやバ群は直線はるか向こう。先頭はゴール板を通過したことだろう。私は遠慮なくスターオーに近寄り、彼女の細い体を抱きとめた。

    「スターオー。しっかりしろ！　スターオー！」
    「メリー、さん？」

    　黒鹿毛の髪が汗で白い額にへばりつき、苦悶の表情のままスターオーが応える。

    「メリーさん。レースは？　レースはどうしたの！」

    　怒りを含んだ黒い炎をまとう桜の瞳が私を睨む。私は彼女の体を支えつつ、いつもの剽軽な笑顔を浮かべた。

    「スタート直後に靴の踵が折れちゃってさ。競争中止なんだ、私は」
    「競争中止……道理でメリーさんの姿がレース中見えなかったわけだ……」
    「スターオーの言った通り、長い靴は駄目だね。後でトレーナーをとっちめないとね」
    「……そう」

    　彼女の左目から吹き上がる黒い炎がだんだんと小さくなり、ついに消える。そして噛み締めていた歯が緩む。

    「……メリーさんの夢のとおりになったね」
    「偶然だよ、スターオー」
    「これは私への罰なんだ」
    「スターオー！？」
    「罰なんだよ、メリーさん。私はメリーさんのことを信じなかった。メリーさんが『私に勝ちたくて』夢の話をして、私を棄権させようとした。そうほんのちょっとでも思った、私への神様の罰なんだ」
    「スターオー！！」

    「どけ！！　邪魔だ！！」

    　不意に無粋な闖入者たちによって、私はスターオーから引き離される。皆桜色のジャージ、そして桜の瞳をもつウマ娘達だ。思わず拘束する一人を振り払い、スターオーに寄り添うウマ娘の肩につかみかかるが、それもまた引き止められ、私は再び桜色のジャージの一人に捕まえられる。

    「何様だ、てめぇら！」
    「僕だよ、メリー」
    「……ロータリー」
    「ごめん、メリー。いつもは引き留め役のウチの大将が真っ先にキレちゃって……ホントごめん」
    「あ、あぁ……」

    　桜色のジャージの塊から私はロータリーと共に離れる。救急車が横付けされ、真っ青な顔をしたスターオーのトレーナーと『サクラの大将』サクラショウリ、そして担架のスターオーを乗せて再び走り出す。

    「メリー、後でちゃんとウチの大将に謝罪に行かせるから、ここは僕に免じて堪えてくれ」
    「わかってる。好き好んでサクラ軍団と喧嘩しようとは思わない」
    「冷静で助かる。君も……裸足で１８００ｍは走ったんだろう？　足が泥だらけだよ」
    「自慢の四白がこのざまだ……悪かったロータリー」
    「ありがとう。君のトレーナーがあっちで待ってる。それじゃ、またあとで」

    　腕をほどいて頭を下げるロータリーと、ぞろぞろとスタンドへと引き返すサクラの一団を横目に、私はぽつんと芝のコースに立つトレーナーへと近寄った。

    「俺のミスだ」
    「私のミスです」

    　二人してお互いに頭を下げた。結局、私達は運命からは逃れられなかった。無力感が疲労と徒労に混ざり私の体をじわじわと暗く蝕んでいく。

    「トレーナー、スターオーは大丈夫でしょうか？」
    「わからない。それよりも……」
    「スターオーが『死ぬ』ことはないですよね？」
    「……ウマ娘は足を折ったぐらいで死ぬ生き物じゃない。大丈夫だ」
    「本当ですね？」
    「あぁ」

    　そうしか答えられないトレーナーと、分かっていながら聞く分別の無い私。悲しいかな、今の私にはそれを挽回する気力がない。遠くで心配そうにこちらを見る観衆と、優勝者を告げるアナウンスがレース場に響く。そういえば優勝したの誰だったか。結局思い出せたのは翌日、ほとんど狂乱状態のシチーに告げられてからだった。

17. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その５－１ 2020/10/07(水) 23:01:33 返信

    元スレ：雑談掲示板６－９－５６ 投稿日：2019/03/22(金) 02:02:57 　恐らくこれまでのウマ娘人生、最悪の正月休みだろう。 　前世、四つ足だった頃。私は厩務員も調教助手も調教師も厩舎から数が微妙に減ったこの季節を歓迎していた。ウマ娘になってからは、人間的な自由度も格段に上がり、正月『休み』があることに感動すらした。もっとも今の私にはレース明けの休日などどうでもいい気分だが。 　正月...全て読む

    元スレ：雑談掲示板６－９－５６
    投稿日：2019/03/22(金) 02:02:57

    　恐らくこれまでのウマ娘人生、最悪の正月休みだろう。

    　前世、四つ足だった頃。私は厩務員も調教助手も調教師も厩舎から数が微妙に減ったこの季節を歓迎していた。ウマ娘になってからは、人間的な自由度も格段に上がり、正月『休み』があることに感動すらした。もっとも今の私にはレース明けの休日などどうでもいい気分だが。

    　正月明けの同期や先輩方も顔色が悪い。いるべきところにいない、クラスの中心の故障を誰もが『明日は我が身』と思っているのだ。そんな中、目つきの悪いちっこくて白いウマ娘だけは、いつもと変わらぬ孤高の雰囲気を身にまとっている。次回のスポーツ新聞主催レースでは圧勝との前評判だ。私としてはゴスホークやピロマーチに勝ってほしいところなんだが。

    　私自身のレースは来月。まだ時間はあるが、いずれあの白いのとはレース場で戦う時が来るだろう。恐らくは春の天皇賞。勝てるだろうか……距離がやはり問題だ。

    「メリーナイスさんですね。連絡承っております。病室は５階奥、特別個室の５１２号室になります」

    　ナースステーションで私の顔とトレセン学園の生徒手帳を見比べた人間の女の看護師は、私にそう告げた。

    「ほかにご同行者はいらっしゃいませんね？」
    「連絡した通り私一人です。それが規則なんでしょう」
    「本来ならば面会謝絶です。それをご理解ください」
    「……わかりました」

    　それはスターオーがただの骨折ではないという意味を含んでいる。ウマ娘だけではなく人間にも人気の高かったスターオーの故障。お涙頂戴の記事にしたいブンヤやテレビ屋はいっぱいいるだろう。それに対するサクラ軍団の答えがこれ。よく別のチームでクラシックのライバルである自分に面会許可が出たものだ。

    　エレベーターを昇り、５階で降りる。特別個室に向かう廊下に立つ人間の警備員は私の顔を視線だけで、丁重に無視の態度で私を通した。５１２号室の扉をノックすると、中から『どうぞ』と声がかけられる。スターオーの声ではない。

    　私は眉を吊り上げ、扉を開くと中にいる二つの影に目をやった。一人はベッドに半身を預けているスターオーだろう。もう一人は誰だ。溢れる逆光の奥に立っているのは、スターオーによく似た少し年上の……

    「サクラショウリ……先輩？」
    「メリーナイスだったな。よく来てくれた」

    　よく似ているのに口調がスターオーとは全く違う。鋭さと気難しさが混在する堅苦しい声。最近副会長になった先輩に近い。私も若干縁がある。同じ『ダービー』ウマ娘だ。

    「今日来ると聞いていたのでな。待たしてもらった」
    「そうですか」
    「有馬記念の時、私はスターオーを抱える君を突き飛ばした。ロータリーから聞いた。すまなかった。本当に」
    「……いえ」

    『貴族』のメジロ、『エリート』のシンボリと並ぶ有力集団。チームが別々になっても、サクラの名を戴くウマ娘の団結力と同志愛はまさに『軍団』。その中核ウマ娘の深い一礼に、私はそれしか答えることができない。そんな私の態度が気に触ったのか、サクラショウリは顔を上げ少し寂しそうな表情を浮かべると、荷物を纏めアウターオーに『また来る』と言って部屋を出ていった。

    「……ショウリ先輩のしょげた顔は久しぶりに見たよ。ありがとう、メリーさん」
    「怒ったんじゃないのか？」
    「私を支えてくれたメリーさんを突き飛ばしたんだから、むしろ当然だよ。いい気味」

    　扉が閉まってしばらくしてからスターオーは、いつもの笑みを浮かべて私に言う。だが、たった数日しかたってないはずなのに、その顔は生気が薄かった。

18. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その５－２ 2020/10/07(水) 23:03:40 返信

    元スレ：雑談掲示板６－９－５６の枝 投稿日：2019/03/22(金) 02:04:17 「痛む？」 　私はベッドに横付けされた椅子に座ってから、スターオーに言った。同時に私とスターオーの視線が、スターオーの左足に集中する。 「うん。痛い。でも、何度か手術して、半年もすれば歩けるようになるって。そこからリハビリをしなくちゃ」 「手術……そう」 「みんなはどう？　シチーさんやマティリアルさんは？」 ...全て読む

    元スレ：雑談掲示板６－９－５６の枝
    投稿日：2019/03/22(金) 02:04:17

    「痛む？」

    　私はベッドに横付けされた椅子に座ってから、スターオーに言った。同時に私とスターオーの視線が、スターオーの左足に集中する。

    「うん。痛い。でも、何度か手術して、半年もすれば歩けるようになるって。そこからリハビリをしなくちゃ」
    「手術……そう」
    「みんなはどう？　シチーさんやマティリアルさんは？」
    「スターオーのこと、心配してる。面会が予約制じゃなくなることを待ってる」
    「後援会長さんがもう神経質になっちゃって。豪華な個室なんていいから、もっとおいしい病院食がほしいって言ったら、ニンジンをポケットから出すんだよ？　生のままで」
    「どうせ肉屋さんなんだから、そこは焼肉だよな」
    「ケーキでもいいね。ここには冷蔵庫もあるし、みんなでゲーム機もってきてパーティーしようよ」

    　無駄に豪勢な個室にはテレビも冷蔵庫だけでなく、浴室に応接セットにミニキッチンまである。寮の部屋より断然設備がいい。私とスターオーはひとしきり笑うと、目をぬぐった。

    「……よかった、元気そうで」
    「……うん、ありがとうメリーさん。メリーさんの話をちゃんと聞いていれば、こんなことにはならなかったのに、ごめんなさい」
    「あれは！　その……夢の話だよ」
    「そう、夢の話、だよね」

    　スターオーの口調に、私は違和感を覚えた。これは明らかにいつものスターオーではない。不幸なウマ娘人生を歩んでいるにもかかわらず、その不幸を全く感じさせない小春日和のスターオーの言葉ではない。

    「私、意識を取り戻してから寝るたびに変な夢を見るんだ……四つ足の牛みたいな動物になって、屋根はあるけど藁が敷いてあるだけの小さな部屋で寝起きして、ご飯はレース場に生えているようなおいしくもなんともない草だけ……そして何もしない私を、先生やトレーナーや後援会長さんが心配そうに見ているの」
    「……」
    「ペパーミントの香りがやたらと強い部屋で……寒いし、服も肩に掛けるモノだけ。四つ足だから左前脚になるのかな……ギプスをしてるの」

    　それは間違いなく、私のみた『前世』と同じ。瞼を閉じればはっきりと浮かぶ。狭くて寒い馬房、調教師と騎手、厩務員に獣医。『畜生』であった頃の、あるいは別の世界の私達。

    「……シチーに言ったら『スターオーが狂った！　あんたのせいだ！』と言って私に蹴りを入れてきそうだ。マティリアルにも黙ってたほうがいい。彼女と私は今、冷戦中だから何されるかわからない」
    「喧嘩するのはいいけど、ケガしないようにね。ほんとに」
    「原因は例の映画だよ。もうホント、人間嫌いになりそうだ」
    「あぁ……あれはひどいよね」
    「主演を私に奪われたこと、年末の後援会パーティーでまた蒸し返されたらしい。私と顔を合わせるたびに『やぁ、オラシオン！』と言ってくるんだ。気が狂いそうになるよ」
    「それはマティーさんもひどいなぁ……」
    「姉さんが三冠ウマ娘だからプレッシャーが半端ないんだろうな、しょうがないよ」

    　私が深く一つ溜息をつくと、スターオーも小さく溜息をつく。うまく話をそらせただろうか。はっきりとは分からないが、先程見えた違和感は薄まってように見える。

    「マティーさんとシチーさんのお見舞いの順番になったらちゃんと言っておくよ。もう、困った二人だね」
    「まったくだ。スターオーがいないと寮の部屋が片付かない」
    「メリーさんも掃除する癖はつけた方がいいよ。退院したら寮の部屋がゴミ屋敷なんて嫌だからね」
    「わかったわかった」

    　いいタイミングだと思った私は、椅子から立ち上がった。

    「早く治すに越したことはないけど焦らずに、な。『万全な』スターオーの帰りを同期はみんな待ってる。クラシック二冠ウマ娘をブチ倒したくて、みんなウズウズしているんだからな」
    「その筆頭は『オラシオン』だよね？」
    「そうだとも。『サクラスターオーがダービーに出てたら三冠まちがいなし』なんて寝言、ウマ娘をろくに知らない映画会社の連中にすら言わせないようにしてやるよ、『ラッキーターフ』」
    「ふふふふっ」

    　私は右拳をスターオーに突き出す。それにスターオーは左拳で応える。四つ足ではできない、言葉を交わせぬ畜生ではできないこの挨拶。ウマ娘に転生したことを、私はいるかどうかわからない神様に感謝した。相手を理解する言葉と、言葉を超えた心の交わりは、ウマ娘でなければできないから。

    　四か月後、それは全くの考え違いだと思い知らされるまで。

19. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その６－１ 2020/10/07(水) 23:07:08 返信

    元スレ：雑談掲示板７－６－１９３の柱 投稿日：2019/04/26(金) 22:33:47 　スターオーが今シーズンのセンターウマ娘になった。 それを当然とみる人やウマ娘がいれば、『ケガをしたから評価された』と言う人やウマ娘も、いる。 　だがそんなことは私達同級生にとってみればどうでもいいこと。早く彼女のケガを直して、自分たちの傍に戻ってくれることを望んでいた。 例によって面会は認められたり、なか...全て読む

    元スレ：雑談掲示板７－６－１９３の柱
    投稿日：2019/04/26(金) 22:33:47

    　スターオーが今シーズンのセンターウマ娘になった。
    それを当然とみる人やウマ娘がいれば、『ケガをしたから評価された』と言う人やウマ娘も、いる。

    　だがそんなことは私達同級生にとってみればどうでもいいこと。早く彼女のケガを直して、自分たちの傍に戻ってくれることを望んでいた。
    例によって面会は認められたり、なかったり。お見舞いの品もサクラ軍団の誰かに頼んで送ってもらうしかない。見舞いに行ったロータリーの顔色が悪いというだけで、私達同級生の心胆を寒からしめるには十分だ。

    　だが、私達はウマ娘だ。前世同様走ることを、そして踊ることを運命づけられた存在。

    ２月のGⅡ目黒記念。私は一番人気でレースに出走した。ダービーウマ娘の実績は、有馬の失態を糊塗するには十分らしかった。スターオーの負傷以来、暗い雰囲気漂うクラシック組にあって、若干居心地が悪そうだった垢抜けないユーワジェームスが二番人気。

    　もう出走する前から、私とユーワはキリキリしていた。勝って当たり前のレースなどないのに、周囲の目は違う。そして勝ったのはよりにもよってあの有馬を勝った貴族臭漂う『メジロ家』の中でもひと際プライドの高いメジロフルマー。

    　３月に入って、中山記念にマティリアルが出るも６着。同日開催された阪神大賞典では例の『白い稲妻』が優勝。４月３日の日経賞ではまたもメジロフルマーが優勝し、マティリアルは６着、ユーワは７着。同日のサンケイ大阪杯にゴールドシチーとマックスビューティが出走し、４着・８着。

    　明らかに精彩を欠き始めたクラシック組に対し、世間の視線は急成長を遂げる白い稲妻や、笠松分校で名を上げ中央学園入りするというウマ娘がいるという噂話や、下級生クラシック組の新人戦へと移っていく。

    　それは仕方のないことだ。三冠ウマ娘や、WDTといった特別レースの常連たちとは違い、新年度になれば次々と新しいウマ娘は入学するし、引退もする。人の移り気は韋駄天のごとく。掌返しはいつものことだ。

    「人間が嫌いになるよ」
    「わたしも……もう、走るの辞めたい」

    　スターオーのいない美浦寮8702号室に集まったマティリアルとゴールドシチーの呟きに、私は何も言わずココア味の麦芽飲料を溶くだけだった。
    勝てないのは確かに辛い。期待されないのは全然かまわない。だが人間達のこちらを見る視線が気に入らない。
    前世もそうだった。時に浴びせられる罵声。呆れたような冷たい視線。『畜生』であった時は雰囲気でしか感じられなかった現実が、ウマ娘となった今、はっきりと言葉と感情で認識することができる。だからこそ……

    「スターオーが戻ってくるまで、私達は何が何でも走り続ける。たとえ殿のレースが続こうとも」

    　私の口から零れた感情に、マティリアルとゴールドシチーの視線がはっきりと私の顔に向けられる。
    　成田の研修所で毎回のごとくお小言を頂くマティリアルの顔にははっきりと隈ができている。
    　舞台とレースと学業、そして低血圧で朝が弱いゴールドシチーの自慢の美貌は、化粧を落とせばほとんど病人のそれだ。
    　それでも、私を見る瞳に力は、ある。

    「そうだな、メリーもたまにはいいことを言う」
    「明日雪が降るかもね」
    「４月ならまだ降るだろ？」
    「なわけないでしょ。褒めたらすぐに変なこと言うの、やめた方がいいわよメリー」

    　私の額を、手袋越しでゴールドシチーが叩く

    「とりあえず、そっちの二人は４月末の天皇賞だな。頼むぞ」
    「スターオーの再手術がたしか９日よね。まぁ、リハビリ用にいいステージを見せてあげるわよ」
    「右端（２着）は譲ってあげるよ」
    「抜かしなさい、メリー。アンタこそ右端に追い詰めてやるわ」

    　一年前、この席にはスターオーがいた。その鍋を、今私達は３人でつつく。
    そして再び４人で食べられる日が、私達にはそれほど遠くはない、と思っていた。

20. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その６－２ 2020/10/07(水) 23:08:43 返信

    元スレ：雑談掲示板７－６－１９３の枝 投稿日：2019/04/26(金) 22:35:33 　想像もしたことも、経験したこともない惨敗だった。 　ゴールドシチーが三番人気、私が四番人気。それは仕方ない。 　だが、マティリアルにしてやられたフジTVスプリングSとスターオーの菊花賞の時よりはるかに低い……１４着。 　人気薄のウマ娘がひっぱるレース。中にはあのメジロデュレンもいる。ゆっくり行けばいい。最...全て読む

    元スレ：雑談掲示板７－６－１９３の枝
    投稿日：2019/04/26(金) 22:35:33

    　想像もしたことも、経験したこともない惨敗だった。

    　ゴールドシチーが三番人気、私が四番人気。それは仕方ない。

    　だが、マティリアルにしてやられたフジTVスプリングSとスターオーの菊花賞の時よりはるかに低い……１４着。
    　人気薄のウマ娘がひっぱるレース。中にはあのメジロデュレンもいる。ゆっくり行けばいい。最後の差し脚で負けるつもりはなかった。だが、最終コーナーを曲がった時、あの白い稲妻の差し脚に、自分はまったくついていけなかった。
    　前を走っていたゴールドシチーはかろうじて５着。まさにあのタマモクロスの為に存在したようなGⅠレースだった。

    「どうしたんだ、お前……」

    　心配そうに見つめるトレーナーを、私は思わず睨み返した。全く意味のない、それどころか道義に反することであると分かっていても、だ。地下道の奥でも聞こえてくるタマモクロスを称える喊声。生半可によく聞こえる耳をふさぎたくなる。

    「いや、すまなかった。メリーナイス。得意としない３０００ｍを超えるレースに登録した俺が悪い」
    「……いえ」
    「本来はマイルから２０００ｍを主戦とするお前に、無理をさせたんだ。すまなかった」
    「わかってます……大丈夫です」
    「メリーナイス。本当に大丈夫なのか？」
    「体調は、万全でした。私の力不足です」
    「……そうか、わかった。今日はゆっくり休んでくれ」
    「はい」

    　長い付き合いのトレーナーは、それで私の異常を分かったのかもしれない。私はレース場でゴールドシチーに顔を合わせることなく勝負服を脱ぎ、学園の制服に着替え、関係者口で警備員にトレーナーへの伝言を頼むと、ルール違反を承知の上で学園直行の送迎バスに乗らず、列車で寮に帰った。

    　新人戦・いちょう特別・朝日杯・東京優駿・セントライト記念。勝ち星だけ言葉にすれば、私は一流ウマ娘だ。だがそれだって、結局のところ人間によって『ルールにのっとって走ることを義務付けられた』畜生に過ぎない。人間によく似た、人間の言葉を話せる、人間よりも筋力があるだけの『畜生』

    　神様は私を人間の言葉が分かる『畜生』に転生させたのだとしたら、いったい何の為なのか。どんな罪を私は競走馬の時にしたというのか。

    　ただ無意識にそれだけを考え、ほかに何も考えずたどり着いた場所は、寮の部屋ではなく、スターオーが入院する病院だった。すでに日は暮れている。寮の門限はまだだとは思うが、今から戻ったら間に合わないことは間違いない。

    　もう幾つのルール違反を犯したかわからない。長時間の異動で醒めた頭は、自分が勝負に負けていじけているだけだと理解している。だがどうしても、どうしてもスターオーの顔が見たかった。病室に入る方法はいくつかある。スターオーと面会した時、こっそり教えてくれた非常階段を使うルート。

    　私は何度も着信を無視した折り畳み式携帯を取り出した。

21. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その６－３ 2020/10/07(水) 23:10:22 返信

    元スレ：雑談掲示板７－６－１９３の枝 投稿日：2019/04/26(金) 22:36:41 　非常階段のカギは開いていた。 　金属音に気を付けながら私は扉を閉じると、すぐそばの女子トイレに駆け込み、そこから廊下をうかがう。夜間は警備員がいないと分かっているが、巡回の看護師はいる。時間はちょうどその隙間。壁に耳を付け、人の足音がないのを確認し、スターオーの個室まで一気にダッシュする。 　扉を三回ノッ...全て読む

    元スレ：雑談掲示板７－６－１９３の枝
    投稿日：2019/04/26(金) 22:36:41

    　非常階段のカギは開いていた。

    　金属音に気を付けながら私は扉を閉じると、すぐそばの女子トイレに駆け込み、そこから廊下をうかがう。夜間は警備員がいないと分かっているが、巡回の看護師はいる。時間はちょうどその隙間。壁に耳を付け、人の足音がないのを確認し、スターオーの個室まで一気にダッシュする。

    　扉を三回ノックすると、中から『入って』と声が聞こえる。スライド式の扉を僅かに開けて、私は個室に体を滑り込ませた。そこには読書灯だけ灯けたスターオーが、ベッドに腰を預けていた。

    「メリーさん。レース場のお土産は？　ほら聖護院の八つ橋とか塩芳軒の雪まろげとか」
    「ごめん。レースで負けちゃって買い損ねた」
    「トレーナーさん、心配して私にまで電話くれたよ。たぶん私のところに来ると思うから、心配しないで下さいと言っておいたからね」
    「……え？」
    「シチーさんも心配してたよ。いじけるのはいいけど、後始末する身になりなさいって」
    「はぁ……」
    「マティさんに、寮長のお姉さん(三冠ウマ娘)に今日はメリーさん外泊するからと伝えてもらったから」
    「そ、そう……」

    　入寮で同室になった時、その壮絶な家庭環境を聞いて何を話せばいいか戸惑っていた私を、氷を解かす如き笑みで先回りにほぐしてくれた彼女が、そこにいた。

    「残念だったね。レース。ちゃんと見てたよ」
    「やっぱり、私には３２００ｍは長すぎた、ね」
    「うん。たぶんメリーさんに長距離走は向いてない」
    「……スターオーにそういわれると、何となく納得できる。人間に言われると腹が立って仕方ないけど」
    「期待され過ぎると、緊張して体が硬くなるところは治した方がいいね」
    「４番人気だったんだけどなぁ」

    　人気が高いと緊張してドジを踏む。人気が低いと反発して結果を出す。今回はそのセオリーが通じなかった。

    「スターオー。ごめん」
    「気にしなくていいよ。メリーさん」
    「今日だけはどうしても勝ちたかった。あの白いのに」
    「気に病むことはないよ。ウマ娘にだって向き不向きはあるんだから」

    　私はいつの間にか泣いていた。スターオーのベッドの端に頭をこすりつけるように。そんな私の栗毛の頭を、スターオーがポンポンと軽く叩く。そして次のスターオーの言葉に私は凍り付いた。

    「私の為に勝ちたかったからメリーさんは負けたんだよ」

    「……は？」
    「私の為に勝とうとしたからメリーさんは負けたんだよ」
    「え、あ、いや……」
    「メリーさんはメリーさんの為に戦わなきゃいけないのに、それを忘れたからメリーさんは負けたんだよ」
    「それは……いったい……」

    　大切な友人の為に戦うことを、大切な友人に否定される。その現実に、血液の中に氷を流し込まれたような衝撃を私は受ける。それをまさか『あの』スターオーに言われるとは。

    　困惑・恐怖・非難・叛意……あらゆる表情を浮かべた私に、スターオーは暗い読書灯の下で、いつもの小春日和の微笑を浮かべていた。

22. とある記憶のあるウマ娘の葛藤閑話“ダービー５４” 2020/10/07(水) 23:13:44 返信

    元スレ：雑談掲示板８－３－１５１ 投稿日：2019/05/26(日) 00:36:41 　私はぼーっと天井の壁紙を見上げていた。 　東京優駿、芝2400ｍ、フルゲート24名選抜。 Cクラスでトライアルレースの上位メンバーとレースポイントの高い希望者リストの上位のみ出場が許されるクラシックレース。 　国内でその名を知らぬ者などいない、ウマ娘レースの最高峰。 　新聞に書かれた出走表に自分の名前がある。...全て読む

    元スレ：雑談掲示板８－３－１５１
    投稿日：2019/05/26(日) 00:36:41

    　私はぼーっと天井の壁紙を見上げていた。

    　東京優駿、芝2400ｍ、フルゲート24名選抜。
    Cクラスでトライアルレースの上位メンバーとレースポイントの高い希望者リストの上位のみ出場が許されるクラシックレース。
    　国内でその名を知らぬ者などいない、ウマ娘レースの最高峰。

    　新聞に書かれた出走表に自分の名前がある。それを文字として読むことができる時が来ようとは、前世四つ足だった頃には考えられない事だった。人間どもが自分達のレースを見て何かして、一喜一憂しているのは分かっていた。文字を読めるようになってからそれが何だったのか、だいたい理解できるようになったのがいいことかはわからない。

    　ただ明日のレースが『ダービー』という名のレースで、私が出走すること。それだけが前世との共通点だ。
    　そして前世、私はそのレースに勝っている。

    「メリーさんは四番人気だね」

    　ピンクと白のパジャマを着た同室の彼女は、新聞を膝上に置きつつポテチをぱりぱりと口に放り込みながら、いつもののんびりとした口調で私に言った。

    「一番人気がマティさんで、二番人気がシチーさん。三番人気は……あぁ秘密兵器ダイゴちゃんか」
    「スターオー」
    「あ、ピロもいる。流石、東京優駿。すごいメンバーが揃ったねぇ……」
    「スターオー、夜にスナック菓子を食べると太るぞ。っていうか、包帯の上に零れてる」

    　同室のウマ娘……サクラスターオーは明日のレースには出走しない。
    　ポテチのかけらが降りかかった包帯がそれを物語る。両足繫靭帯炎。ウマ娘の『職業病』とまで言われる病だ。

    『もしサクラスターオーが東京優駿に出走するのならば』

    　それはトレセン学園だけではなく、明日に控えたレースに関心を持つすべての人とウマ娘が持つ想像。

    　クラシックレース初戦の皐月賞を外直線一気で完勝したスターオー。団子状態で入線した二着のゴールドシチーも、三着のマティリアルも、当然七着の私も相手にならないだろう。距離が長い方が、スターオーにはより有利だからだ。　だから仮に私が明日のレースに勝ったとしても、『サクラスターオーが出ていたら……』と言われることは容易に想像がつく。メイクデビューからずっと一緒に戦ってきたトレーナーも「確かにそれは覚悟せなあかんな」とぼやいていた。

    「明日はメリーさんが勝つよ」

    　ふいにスターオーが呟いた。

    「そうなればうれしいけど、マティリアルもゴールドシチーもいる。スプリングSでのマティリアルの末脚、ゴールドシチーの試合運びのうまさ。そして私は2000ｍを超えるレースはあんまり得意じゃ……」
    「大丈夫。メリーさんはきっと勝つ。メリーさんはBクラスの最優秀選手なんだよ？」
    「……まぁそうだけど」
    「それに上級生以外で私にレースで勝てるウマ娘がいるとしたら、メリーさんしかいない」
    「……」

    　買いかぶりなのか、それとも同室の仲間を元気づけようとしているのか、それはわからない。ただ今も私に向ける朗らかな笑顔の下に、彼女の壮絶なこれまでの人生が垣間見えた気がした。

    「わかった。明日はスターオーの為に勝つよ」
    「メリーさんは自分自身の為に戦うんだよ。私の為じゃない。私も私の為にケガを治しているんだから」
    「そうだな」

    　ダービーで勝つ。マティリアルにも、ゴールドシチーにも、他のどのウマ娘にも影は踏ませない。そして。

    「皐月賞の借りは、菊花賞で返す」
    「ふふっ、そうなるといいね」

    　一瞬、ほんの一瞬だけだが、スターオーの左目に黒い炎が上がったような気がした。顔は笑っている。だが彼女の血と魂は、いくつもの魂と共にあって煮えたぎっている。そうだ、私達は同室の友人であり、前世から続く最高の敵手なのだから。

    「でもマティリアルを映画の主役から引きずり下ろすのは、ちょっと気が引けるけどな」
    「映画会社の人、ちゃんとレースのこと分かっていればいいんだけどね」

    　前世、レース後に何度も走らされたことを私は思い出してゲンナリしたのは言うまでもないことだった。

23. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その７ 2020/10/07(水) 23:16:54 返信

    元スレ：雑談掲示板９－１２－１１４ 投稿日：2019/05/29(水) 00:22:43 「私の生い立ちは、メリーさんもだいたい知ってるよね」 　いつもとかわりのない穏やかなスターオーの語り口。ここがいつもの２人の部屋で、まるで『コーヒー淹れてくるね』というような。 「私のお母さんは私がまだ幼い頃に病気で亡くなった。朝起きて気が付いたら、体が冷たくなっていたの。必死に動かそうとしても、幼い私じゃど...全て読む

    元スレ：雑談掲示板９－１２－１１４
    投稿日：2019/05/29(水) 00:22:43

    「私の生い立ちは、メリーさんもだいたい知ってるよね」

    　いつもとかわりのない穏やかなスターオーの語り口。ここがいつもの２人の部屋で、まるで『コーヒー淹れてくるね』というような。

    「私のお母さんは私がまだ幼い頃に病気で亡くなった。朝起きて気が付いたら、体が冷たくなっていたの。必死に動かそうとしても、幼い私じゃどうしようもなかった」
    「……」
    「お母さんが亡くなって、代わりにお祖母さんが私を育ててくれたけど、トレセン学園に入学してすぐに亡くなった。デビュー戦の招待チケットが、弔電と一緒に寮に戻ってきたのはメリーさんも覚えているよね」
    「……」
    「お祖母さんと一緒に私を育ててくれた村長の叔父さんは、弥生賞の一週間後に脳血栓で亡くなった。わざわざ田舎から出てきて弥生賞を見て、『次はGⅠだな』とあんなに肩を揺らして笑っていたのに」
    「……」

    　トレセン学園入学以来これまでずっと一緒の部屋で過ごしてきた。家族からの電話に一喜一憂する他のウマ娘を微笑ましく見つめ、自らの境遇を蔑むことなく泰然自若としていた。他のウマ娘より一割以上重い負荷重量でひたすら地味なランニングをこなし続け、ついには学年に欠かさざるべき柱になった彼女は、同室の私の、『前世からの』憧れだった。

    　その彼女が、今、なにを私に言おうというのか。

    　私はスターオーの顔を見つめた。ぼんやりと読書灯に照らされた彼女の顔を。そう、まるで幽霊のように細く、頬骨が浮き上がり、電球色に照らされてもわかる青白さ。そして桜色の瞳にぼんやりと浮かぶ黒い炎……

    「スターオー……」
    「ボルトが、外れたんだって」
    「え……」
    「人間のお医者さんが言っているのが聞こえたの。もう一度打ち直すんだって」

    　それがどういう意味をもっているのか私にはわからなかった。だが夜食にポテチを食べて、朝食をのんびりと二人前平らげる彼女が、ここまで痩せているのは尋常ではない。

    「で、でも時間をかければ治るんだろ？　また一緒に走れるんだよな」

    　皐月賞から菊花賞まで。ケガで動けないときも愚痴を吐くまでもなくトレーニングを続けた彼女の不屈の闘志が、同級生に背中で示した奇跡が、自分の目の前で脆くも崩れ去っていく現実が……何も言わず、頷くでもなく首を振るでもなく、ただ瞳を閉じる彼女の仕草で理解できた。

    　レースの世界から引退するウマ娘に待ち構える運命。それは『いつの間にかいなくなってる』前世に比べればはるかにマシだ。人間の言葉が分かり、人間と同じものを食べ、人間と同じかそれ以上の体力で働けるウマ娘は、人間社会に欠くべからざる存在としてあらゆる分野で広く受け入れられている。

    　だが、ウマ娘には宿痾がある。『命ある限り走り続ける』という救いがたき宿痾が。
    つまり『走れなくなったウマ娘に待ち構える運命』は、強いウマ娘ほどより悲しく、より苦しいものとなる。

    　そう。小説にすればあまりに過剰と言われるであろう折り重なる困難を乗り越え、栄光をつかみ取った奇跡の二冠ウマ娘であればなおさらに。

24. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その８ 2020/10/07(水) 23:18:47 返信

    元スレ：雑談掲示板９－１２－６１ 投稿日：2019/05/29(水) 21:03:17 　５月１３日の金曜日 　嫌な予感がした。というのは後追いであり、普通にいつもの不機嫌な一日が始まると私は思っていた。 　スターオーに会ってから、真夜中の街を歩いて栗東寮に戻ると、私は寮長の三冠ウマ娘に説教を喰らい、一週間の謹慎を仰せつかった。あんな説教を普段から喰らっていると思うと、素直にマティリアルを尊敬でき...全て読む

    元スレ：雑談掲示板９－１２－６１
    投稿日：2019/05/29(水) 21:03:17

    　５月１３日の金曜日

    　嫌な予感がした。というのは後追いであり、普通にいつもの不機嫌な一日が始まると私は思っていた。

    　スターオーに会ってから、真夜中の街を歩いて栗東寮に戻ると、私は寮長の三冠ウマ娘に説教を喰らい、一週間の謹慎を仰せつかった。あんな説教を普段から喰らっていると思うと、素直にマティリアルを尊敬できる。

    　トレーナーから一度実家に戻るよう勧められたが、私は断った。走れるうちに引退することも脳裏によぎった。スターオーの為に走れないなら、走る意味も意義も感じられない。だが、せめて来月に組まれたマティリアルのレースを見てから考えようと思っていた。

    　朝。スターオーのいない寮の部屋を出て、寮の食堂に入った。すでに朝練組は食器を片付けている。マティリアルの姿を探したが見えない。まぁいいかといつものようにカウンターに並んでいる小皿を片っ端からトレーに乗っけていると、突然食堂の中が騒がしくなった。

    　学園のものとは色違いのジャージを着た鹿毛のウマ娘が、血相を変えて食堂内に駆け込み、あたりを見回している。あまりも殺気立った表情に、気性が荒そうだなとどうでもいいことを思ったが、その顔には見覚えがあり……

    「メリーナイスはいるか！！」

    　食堂に響き渡る声で、そのウマ娘……サクラショウリが叫んでいた。その後ろから寮長らが慌てて追いかけてきている。乱暴な手つきで席に座っているウマ娘の顔を改めようとするのを止めようと、サクラ軍団の下級生達が次々と席を立って、サクラショウリに向かっていく。私も溜息をひとつつくと、近くのテーブルにトレーを置き、下級生達に続いた。

    「サクラショウリ先輩」
    「メリーナイス！　スターオーをどこにやった！」
    「はぁ？」

    　左腕に三冠ウマ娘シンボリルドルフ、右腕にサクラ軍団のエースサクラユタカオー、後ろから無敗の寮監マルゼンスキーが腰に手を廻して押しとどめている。その誰もが力を振り絞っているところを見れば、サクラショウリが尋常な精神状況ではないのは明らかだが……

    「スターオーが、どうしたんですか？」
    「病院からいなくなった。貴様、スターオーに何をした！」
    「いなくなった……」

    　私の目は最早、目の前のサクラショウリを見てはいなかった。体から力が抜け、かろうじて体幹だけで立っていることだけが理解できた。だがボルトの再手術前、ほとんど歩けないはずのスターオーが、いったいどうやって。

    「ショウリ先輩、お願いです、落ち着いてください！」
    「大将、大将がそれじゃ、メリーナイスも落ち着いて話せません！」
    「ショウリ、気を静めなさい！　貴女はサクラの『大将』でしょう！」

    　次々と掛けられる言葉に、次第と落ち着きを取り戻したのかサクラショウリの動きに力はなくなった。騒がしさから一転、重い空気が食堂を覆う。

    「君に会ってから、他にはトレーナー氏しかスターオーは会っていない。マルゼンスキーのサインと手紙をトレーナー氏が渡したのが昨日。そして昨夜、スターオーは病院を脱走した」
    「それで自分が手引きしたと？」
    「いや、スターオーと何かあったのではないか、と思った」
    「……日頃の行いが悪くて申し訳ありません」

    　私の返答に、まずサクラユタカオーが、そしてマルゼンスキーが苦笑すると、サクラショウリも肩を落とした。相変わらずシンボリルドルフは仏調面だが。

    「わかった。朝早くにすまなかった。君には謝ってばかりだな」
    「いえ。それよりもスターオーの方が気になります」
    「非常階段を抜けて、タクシーに乗ったところまでは掴んでいる。千葉の方に向かったというから、今サクラのOBと後援会で足取りを追っている。どこに行ったか君はわかるか？」
    「自分は千葉は不案内です。むしろ寮長の方が……」
    「私もすでに連絡しているとショウリ先輩には言っているのだが……」

    　シンボリルドルフのボヤキで、この食堂の茶番は終わる。

    　真の凶報は、夕刻届く。漆黒の蹄鉄付きシューズの片方が、砂浜で発見されたという知らせだった。

25. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その９－１ 2020/10/07(水) 23:21:55 返信

    元スレ：雑談掲示板１２－５－５４ 投稿日：2019/10/14(月) 22:51:54 　砂浜にウマ娘レース用のシューズが落ちていた。 　それだけであれば、どこかのうかつなウマ娘が川に落としてしまったものが、海に流れてたどり着いたこともあるだろうですむ。 　だが警察犬調査に使うためインナーソールだけ取り外した右足用のそれは、いつもベッドでコツコツとスターオーが調整していたものに間違いなかった。黄金...全て読む

    元スレ：雑談掲示板１２－５－５４
    投稿日：2019/10/14(月) 22:51:54

    　砂浜にウマ娘レース用のシューズが落ちていた。

    　それだけであれば、どこかのうかつなウマ娘が川に落としてしまったものが、海に流れてたどり着いたこともあるだろうですむ。

    　だが警察犬調査に使うためインナーソールだけ取り外した右足用のそれは、いつもベッドでコツコツとスターオーが調整していたものに間違いなかった。黄金色の鳩目、サクラのマークが入ったバックステイ、そしてスマイルマークが描かれたタン。夜食を食べる前に、必ずスターオーは汚れを落とし、油を塗り、磨き上げていた。

    　発見された時には海の方角につま先が向けられ、中にはメモ用紙が差し込まれていて、謝罪の文言があったという。どういう言葉かは教えてもらえなかったが、警察はそれを読み、事故と事件の可能性をほぼ否定した。

    　美浦寮8702号室

    　私とスターオーの部屋は、昨年の有馬記念から全く変わっていない。きらいで面倒な掃除も、いつ帰ってきてもいいようにこなしていたおかげで埃一つない。

    「すまない、メリーナイス」

    　久しぶりにこの部屋を訪れたサクラロータリーが、扉を開けて５分も過ぎてから、喉から絞り出すような声で私に告げた。

    「スターオーの荷物を引き取りに来た……すまない」

    　私が何も答えず自分のベッドに腰を下ろしたまま動かないのが分かったのか、後ろに並んだサクラの後輩達が数人入室し、スターオーの荷物をテキパキと段ボールに詰めていく。制服、ジャージ、勝負服、何枚かの私服、教科書、バッグ、未開封のスナック菓子、手入れ用具、ほんのわずかな化粧品、そして賞杯。

    「それには手を付けるな、ホクトオー」

    　サクラの下級生の一人をロータリーは制した。下級生の手は東京優駿トロフィーの左右に並ぶスターオーの皐月賞と菊花賞の賞杯に伸びている。

    『これでクラシック三冠だね』

    　嫌味の欠片もない口調で、賞杯を並べていた姿が瞼に浮かぶ。あの時は有馬記念への出走は決まってなかった。来年はここに天皇賞と宝塚記念と有馬記念を並べようと話してた。だがすべてはご破算となった。

    　いつの間にか片づけは終わったのか、ロータリー達の姿はなくなっていた。ただ換気の音だけが響く室内。

    　神様は私をウマ娘としてこの世界に転生させた。言葉を知り、物の理を知り、かつての競争相手と心を通じ合えた日々は何物にも代えがたい。だが、畜生ならここまで知ることもなかった。知らなくてもいい辛さを、味わうこともなかったはずだ。

    　生きるために、いや生死すら他者にゆだねられていた前世。生死を自ら選択する現世。
    　どちらが幸せなのか、今の私にはわからなかった。

26. 記憶のあるウマ娘の葛藤　その９－２ 2020/10/07(水) 23:23:39 返信

    元スレ：雑談掲示板１２－５－５４の枝 投稿日：2019/10/14(月) 22:53:04 　部屋が広くなってからというもの、同期クラシック組の凋落は一層顕著になった。 　マティリアルはエプソムカップで２着。不調から抜け出しある程度走れると感触をつかんだみたいだが、９月のサンケイオールカマーで９着大敗。 　ゴールドシチーは夏に一度実家に戻った。夏の間はモデル業もこなしていて、美浦寮にある私とスター...全て読む

    元スレ：雑談掲示板１２－５－５４の枝
    投稿日：2019/10/14(月) 22:53:04

    　部屋が広くなってからというもの、同期クラシック組の凋落は一層顕著になった。

    　マティリアルはエプソムカップで２着。不調から抜け出しある程度走れると感触をつかんだみたいだが、９月のサンケイオールカマーで９着大敗。
    　ゴールドシチーは夏に一度実家に戻った。夏の間はモデル業もこなしていて、美浦寮にある私とスターオーの部屋にはほとんど来なくなった。

    　私も２０００メートルレースを探し、選んだ８月の函館記念。先輩ダービーウマ娘のシリウスシンボリ、クラシックの戦友メジロゴスホークとマックスビューティで挑んだオープンGⅢ戦。スターオーの弔合戦と謳ったダービーで大敗したはずの後輩サッカーボーイが、最後の直線で一気に集団を突き放し、日本レコードで勝利。私は普通なら優勝できるタイムであったにもかかわらず、５バ身離された２着完敗。

    　得意のマイル中距離戦、しかも調子は悪くない状態での完敗。あまりに強力すぎる後輩ライバルの出現に、レースが終わった後のトレーナーの真っ青な顔の方が見ものだった。

    　凋落するウマ娘がいれば、隆盛するウマ娘もいる。

    　同い年でもクラシックに出てこなかった『白い稲妻』タマモクロス。大井分校で地方レースを荒らしまくる『コンパクトハイパワー』イナリワン。地方で圧倒的な力を見せつけトレセン学園に転校してきた『怪物』オグリキャップ……

    　葦毛のウマ娘は走らないというジンクスなどどこ吹く風。レース場に集まる人間達の口から、行方不明になった昨年の二冠ウマ娘はともかく、まぐれで勝ったダービーウマ娘の名前などとっくに消えている。

    「少し、休むか？」

    　クラブハウスでトレーナーから呟くように言われた言葉に、私はただ頷くしかなかった。肉体的疲労はともかく、心の疲れが取れない。休みを必要としているのは、自分が一番理解できる。

    　トレセン学園のウマ娘はトレーナーと学園事務局両者の許可を得た上で、休暇を取ることができる。ゴールドシチーはモデル業で遠征するとき、マティリアルは成田で再調整するとき、この休暇制度を利用している。そういう自分は一度も利用していなかったような気もする。

    　久しぶりにあの田舎に帰ってみるか。私は勝負服をしまい込んだバッグに下がっている、三日月とアルファベットのMが重ねられたキーホルダーを見て、そう思った。

27. 記憶のあるウマ娘の葛藤その１０－１ 2020/10/07(水) 23:26:33 返信

    元スレ：雑談掲示板１２－１－９６ 投稿日：2019/10/23(水) 00:43:17 ※以降、史実ルートとは異なります。 　私の実家はド田舎にある。 　私立のジュニアスクールを併設しているような『シンボリ』や、広大な御屋敷と豊富な分家筋を有する『メジロ』とは比較にもならない。北海道でも羽振りのいい『北杜』市とはかけ離れた、小さな農村の端っこにある兼業農家。そこが私の実家だ。 　単両編成の気動車に...全て読む

    元スレ：雑談掲示板１２－１－９６
    投稿日：2019/10/23(水) 00:43:17

    ※以降、史実ルートとは異なります。

    　私の実家はド田舎にある。

    　私立のジュニアスクールを併設しているような『シンボリ』や、広大な御屋敷と豊富な分家筋を有する『メジロ』とは比較にもならない。北海道でも羽振りのいい『北杜』市とはかけ離れた、小さな農村の端っこにある兼業農家。そこが私の実家だ。

    　単両編成の気動車に揺られ、最寄りの無人駅で降りてからは舗装が荒い道をひたすら歩く。北海道の秋は早い。東京とは違う涼しい風と、喧騒とは無縁の穏やかな時間が流れている。一歩一歩、時速6.5キロの青春の中を、私はたっぷり３時間歩き続け、懐かしの我が家へとたどり着いた。

    　トマトのハウスに囲まれる小さな一軒家。玄関フードを抜けて家に入ると、こちらの世界の母ウマ娘が待っていた。
    　
    「おかえりナイス」
    「あぁ。ただいま、母さん」
    「トレーナーさんから聞いてるよ。２週間休んでリフレッシュしてくれって。夕飯できたら呼ぶから、それまで部屋で待ってな」
    「へいへい」

    　肩から下げたバッグを床に下し、大きく肩を伸ばす。少し湿気た懐かしい匂いに心をゆだねる。この世界に転生して確実に良かったことは居住空間と食事だ。狭くて寒くて臭くて牢屋のような馬房には二度と戻りたくないし、草とペレットと水時々ニンジンだけの生活などごめん被る。

    　今キッチンで格闘している母、『ツキメリー』は引退した後、『前田月女』と名乗って、すぐにこの田舎に引っ込んで兼業農家になり、数年で私を産んだ。そしてウマ娘なので私には父はいないし、母には夫がいない。

    　そう。ウマ娘には父親がいない。

    　この似て非なる世界に産まれて一番の衝撃。四つ足でなかったことより、５本目の『脚』がなかったことの恐怖。種牡馬にはなれない。競争生活を終えた後の仕事はないということ。のちにウマ娘の人生に５本目の脚は不要だということが分かり安堵したものだが、幼児の頃は前世の名も知らぬ仲間達を思い浮かべて密かに耳と尻尾を切ろうと思ったことがある。

    　そして今、休暇を取って実家に帰った私は、『次の進路』を考える必要があるご身分だ。

    「進路か」

    　久しぶりに帰った自分の部屋。狭いことに変わりはないが、人間と一緒に通った小学校の教科書やトレーニング雑誌や漫画に挟まれた、一冊の古ぼけたウマ娘向けの求人雑誌。もはやなんの価値はないが、幼い頃恐怖に打ち勝つため、そしてトレセン学園本校選抜試験のお守り。

    「サクラデパートで働くってのは、まぁ無理だよな……」

    　私が埃のすすけた雑誌を顔に当て、ごろんとベッドに寝転んだタイミングで、母の私を呼ぶ声が聞こえた。きっと私がスタート下手なのは、母が理由なんじゃないかと思った。

28. 記憶のあるウマ娘の葛藤その１０－２ 2020/10/07(水) 23:27:46 返信

    元スレ：雑談掲示板１２－１－９６の枝 投稿日：2019/10/23(水) 00:44:16 「引退するかも？　あらあら、何を言うのやら」 　好物の人参椎茸麻婆豆腐が並ぶダイニングで、母は私の言葉をさも他人事のように受け流した。こういうウマ娘だとは分かっていたけど、久しぶりに喰らう母の塩対応に自分に流れる気分屋の血が、間違いなく母が原因なのだと認識せざるを得ない。 「ダービーで勝って映画にもなったか...全て読む

    元スレ：雑談掲示板１２－１－９６の枝
    投稿日：2019/10/23(水) 00:44:16

    「引退するかも？　あらあら、何を言うのやら」

    　好物の人参椎茸麻婆豆腐が並ぶダイニングで、母は私の言葉をさも他人事のように受け流した。こういうウマ娘だとは分かっていたけど、久しぶりに喰らう母の塩対応に自分に流れる気分屋の血が、間違いなく母が原因なのだと認識せざるを得ない。

    「ダービーで勝って映画にもなったから、少し天狗になってたんじゃないのナイス」
    「そ、そうかもしれないけど……」
    「東京優駿・日本ダービー。日本中で一番『運のいい』ウマ娘を決めるレースだからねぇ。実力以上に名前が大きくなっちゃって、化けの皮がはがれたから落ち込んでるわけねぇ」
    「……母ちゃん言い過ぎや」
    「そんな母ちゃんも、東京優駿の勝ウマ娘だからねぇ……その後の浦和と川崎で惜敗して、調子に乗って大井に戻ったらコテンパにされたクチだから、大きなことは言えないけどさ」
    「……」
    「ナイス。アンタはいったい何のために走るの？」

    　何のために走るか。ウマ娘として生まれた以上、走ることが宿命であり……走らない馬は処分されるそういう根源的な……いや……スターオーのため？　仲間の為？

    「……わからない」
    「わからないか。じゃぁ、答えが見つかるまでは走った方がいい」
    「母ちゃん」
    「南関東だろうが中央だろうが、すべてのレースに出るウマ娘には背負うものがあるのさ。わかるまで走りな。答えを人に聞くのは駄目。自分で考えな」
    「……あぁ」
    「あと、明日の夜は空けといてな。アンタが帰ってくるって話、地主さんにしちゃったもんでさ」
    「は？」
    「引退するなら名前は『前田良子』でよろしくだって。ちょっとしたお祭りになっちゃうね、ハハハッ」

    　ハハハハッってなにネズミみたいな鼻にかかった声でごまかしているんだ。確かにあのネズミと私の名前は語呂が似てはいるが、そこは真似する必要はないんじゃないか。ウマ娘の中でも随一の美女と謳われた母の、私と共通の気分屋を改めて認識させられ、甘いはずの人参麻婆豆腐が急に辛くなったように思えた。

29. とある記憶のあるウマ娘の葛藤　Side:S　その１ 2020/10/07(水) 23:30:33 返信

    元スレ：雑談掲示板１２－１－５５ 投稿日：2019/10/23(水) 21:46:27 　目を覚ましたら、杉板の天井と竹細工の照明が目に入った。 　頭の中がおかしくなったのだろうか。いや、おかしくなってるのは分かってる。でもダート不良も裸足で逃げるような海岸から裸足で海の底へ歩いて行ったはずなのに、なぜか今、私は暖かい布団に寝ている。 　体が重くて言うことを聞かない。左脚は病院にいた時と変わらず痛...全て読む

    元スレ：雑談掲示板１２－１－５５
    投稿日：2019/10/23(水) 21:46:27

    　目を覚ましたら、杉板の天井と竹細工の照明が目に入った。

    　頭の中がおかしくなったのだろうか。いや、おかしくなってるのは分かってる。でもダート不良も裸足で逃げるような海岸から裸足で海の底へ歩いて行ったはずなのに、なぜか今、私は暖かい布団に寝ている。

    　体が重くて言うことを聞かない。左脚は病院にいた時と変わらず痛い。かろうじて動く首で視線を動かし、あたりを見回す。コチコチとリズムを刻むアンティーク調の時計。日めくりカレンダーは５月２３日。二日たっていた。

    「あら目が覚めたのね。良かった」

    　襖がスッと音を立てて開かれると、そこには赤と緑の縞々バンダナを頭に巻いた年長のウマ娘が立っていた。おっとりとして小柄な鹿毛。手にはお盆。吸いのみが乗っている。だが私の横たわる布団に歩いていくその足取りには違和感と既視感がある。

    　そのウマ娘は枕元に座ると、熱を測るように私の額に手を当てる。ケガはしょっちゅうだったけれど、病気はしたことがない私にとっては初めての経験だ。ぼんやりと手を当てるウマ娘の顔を見つめる。額の中央から右側にかけての前髪に長い流星。暖かくも達観したような、底知れぬ瞳。

    「まさか朝の散歩で、磯に引っ掛かっているウマ娘を見つけるなんて……最初は妖怪かと思ったわよ」
    「わざわざ引き上げてくれたんですか？　足が不自由なのに？」
    「同じ個所をケガしたウマ娘のよしみでね。残念だけどウマ娘は水中では生きられないから」
    「死のうと思ったんです」
    「貴女は強いのね。羨ましいわ。走れなくなることへの恐怖と絶望は、勝利を重ねる程、大きくなるのだから」

    　その恐怖を知っている口ぶり。中央トレセン学園にくるウマ娘の６割以上が一勝もできずに引退する。私が何者か、もう彼女には分かっているのだろうか……

    「死のうと思って海に身を投げたのだから、よほど辛かったのはわかる。けれどトレセン学園には腕のいい医師もいれば、百戦錬磨のトレーナーやカウンセラーもいっぱいいたと思うけど、相談はしなかったの？」
    「私が悪いんです」
    「ケガは誰のせいでもない。勿論貴女のせいでもない。すべては天の差配よ。ウマ娘であれ人間であれ、努力して勝負を挑むだけ。相談できる友達は？」
    「友達……」

    　友達はいっぱいいる。いや、いっぱい『いた』　メリーさん、シチーさん、マティリアルさん、ロータリー、ピロ……でも、相談できなかった。ケガした私のことで、みんなの足を引っ張ってしまってはいけない。

    「お母さんは？」

    　お母さんは、いない

    「……ご家族は？」

    　お祖母ちゃんも、町のおじさんも、いない。もう、誰も、いない。

    　首を小さく振る私に、彼女は小さく溜息をつく。呆れたというよりも仕方がないといった感じの表情。「そう」と小声で吐き出すと、彼女はお盆を枕元に置いて立ち上がって言った。

    「ゆっくり体を休めなさい。主人には私から言っておくから、ね。のどが乾いたら、吸い飲みで飲んでね。経口補水液だから大丈夫だと思うわ」
    「ご主人様がいらっしゃるんですか？」

    　レースを引退したウマ娘が人間の男性と結婚することはよくある。特にレース関係者……トレーナー、スタッフ、理事会関係者。容色の衰えがほとんどなく、人間を超越した身体能力をもつウマ娘は、その数と希少性から歴史上権力者の配偶者になることが多い。もしかしたらこの家のご主人もそういう人なのだろうか？

    「あの……助けていただいた人に聞くのも何なんですけど、お名前を窺ってもいいですか？」
    「名前？」
    「はい、できればウマ娘の時の名前を……」
    「……教えてあげないわ。せっかくだから、ゆっくり考えてみて頂戴ね。今の名前は『山本かなめ』　かなめは平仮名」
    「山本、かなめ、さん」
    「そう。できれば貴女のお名前も教えてほしいけど、死にたいって思うウマ娘の名前を聞くほど、私は野暮じゃないわよ。それなりに長く生きてますからね」

    　そういうと彼女はちょっとひねた笑顔で襖の向こうへと消えていった。部屋を見回してみる。この家がかなめさんの家だとしても、レースをしていた証拠になるようなものはなにもない。変哲もない普通の人間の部屋。

    　死に損なった。無様にも。トレーナーやメリーさん達に合わせる顔がない。

    　神様。もう私を目覚めさせないでください。

    　叶わぬ願いと分かっていながら、私は祈り、涙で熱くなった目を閉じた。

30. 記憶のあるウマ娘の葛藤その１１ 2020/10/14(水) 23:29:19 返信

    元スレ：雑談掲示板１８－１６－１８９ 投稿日：2020/07/23(木) 01:17:21 　一週間。 　私は母や世話になっている地主さんにさんざん引きずり回された挙句、田舎に残った小学校時代の人間の同級生達に囲まれ、鍋に、ステーキに、麻婆豆腐に、と歓迎パーティーの連続だった。 「映画見たぜ。いやぁ、お前、やっぱり美人だったんだな！」 「かぁちゃんがさ、サイン貰ってこってうるせぇんだよ。同級生のよ...全て読む

    元スレ：雑談掲示板１８－１６－１８９
    投稿日：2020/07/23(木) 01:17:21

    　一週間。

    　私は母や世話になっている地主さんにさんざん引きずり回された挙句、田舎に残った小学校時代の人間の同級生達に囲まれ、鍋に、ステーキに、麻婆豆腐に、と歓迎パーティーの連続だった。

    「映画見たぜ。いやぁ、お前、やっぱり美人だったんだな！」
    「かぁちゃんがさ、サイン貰ってこってうるせぇんだよ。同級生のよしみで１００枚ぐらい書いてくんね？」
    「お前イジメとかに遭ってね？　ほら都会のウマ娘ってほら、ミスターシービーとか、シンボリルドルフみたいに見るからにかっこよくてあかぬけてっからよ」
    「ちょっとアンタ達、言い過ぎやない？　メリーは『ダービーウマ娘』なんよ！　気安くネタにせんといて！　忙しい中、せっかく戻ってきてくれたのに」
    「そやそや、ガキ大将『メリー将軍』の里帰りや。凱旋やから、万歳三唱せな！　せ～の！」
    「「「ばんざ～い‼　ばんざ～い‼　ばんざ～い‼」」」

    　酒も飲んでないのに出来上がっている同期の男達に比べ、やや少数派の女子たちが気を利かせて両サイドに座ってお酌までしてくれる。みんな大人びて、丸みを帯びた体つきは、一応アスリートに分類される自分とは似ても似つかない。

    「ねぇ、メリー」
    　左に座る幼馴染の千草(ちぐさ)が、すっかり出来上がった男たちに聞こえないような声で、私に呟いた。
    「アンタ、また東京に……レースに戻るん？」
    「それは、うん……」
    「メリー」
    　今度は右に座る智(トモ)が同じように囁いた。
    「ウチと千種な、実は去年の冬、東京に行ってんよ。菊花賞が散々やったから、流石に気落ちしてる思ってな。ちっとも田舎に帰ってこないアンタと三人、東京で年越ししようと思ったん」

    　菊花賞の後のレース……それは……あの……

    「ウチらの横にピンクのジャージで揃えたウマ娘達がいてな。アンタがスタートでヘマして、ソックスで走っている姿見て、『アホやなぁ』『アイツらしいなぁ』とかニヤニヤして笑ってたん」
    「……」
    「こいつらウチらがメリーの幼馴染なんて知らんやろうから、怒ってもしゃーないなと千種と笑ってたんけど……あの故障や」
    「その時、私も智も何が起こったかさっぱり分からなかった。だけどチームの人達の空気が一瞬で変わって、リーダーみたいな人がひどい金切り声上げたと思ったら、人垣を力づくでかき分けていくの。チームの人達も真っ青な顔してそれに続いて……」

    　千種の声が涙を含むようにかすれ、体が小さく震えるのが分かる。

    「ウマ娘のレースでああいう故障がときたま起こるっていうのは聞いてたけど、目の前で見たのは初めてで」
    「サクラスターオー、やったよな。あの後、ウチら新聞を集めて色々調べてん」

    　智の声には明らかに私に対しての非難が含まれている。

    「足にかかる負担は人間の脱臼や骨折とは比較にならん。多くの場合は障害が残って、歩行すら困難になるっていうやないか……」
    「私らが勝手なこと言ってるのは分かってる。それを承知で言わせて。メリー、まだ走るん？」

    　……分かっている。
    千種も智も、スターオーの『事件』を知ったうえで、私のことを善意で心配してくれていることを。

    　だけど、それは人間の心配だ。ウマ娘をレース場で走らせ、ステージで躍らせている、『人間』の。
    　人間が居なければ、おそらくウマ娘は早々に亡びる種族だ。原野の残る世界を除けば前世の、野生を失った競走馬としてしか生き残れないように。

    　ウマ娘は動物として走ることを宿命づけられている。それは人間が場所を作る遥か昔から。それは理論でも理屈でもない。骨の髄の、超越した遺伝子に刻み込まれたもの。

    　神様は何故、私をこの奇怪な世界に生まれかわらせたのか。何となくだがわかったような気がする。

    　畜生としての馬ではなく、人間によく似て、人間のように生きることのできる、人間としての感性と知性を有した、人間ではないウマ娘として。

    「走る」

    　蒙は、啓いた。

    　私は千種にも智にも顔を向けず、はっきりと告げた。

    「私はウマ娘である限り、どんな形であれ走り続ける。レースでもそれ以外でも。自分が精いっぱい悔いのない、走り切ったと思えるその時まで」

31. 記憶のあるウマ娘の葛藤その１２ 2021/04/14(水) 22:09:27 返信

    こそり更新 　１０月頭。銀杏並木が黄色くなり、私はトレセン学園の美浦寮に戻った。 　同期達の顔色が特に変わっているわけでもない。学園の内も外も月末のGⅠ天皇賞に向けて、ウマ娘も人間もあれこれと話をしている。マティリアルの姿を探してみたがすぐには見つからなかったので、まずはトレーナーに挨拶しに行き、今後の方針を打ち合わせる。 「今月の重賞はもう間に合わないかもしれない。登録できるかわからないが月末の...全て読む

    こそり更新

    　１０月頭。銀杏並木が黄色くなり、私はトレセン学園の美浦寮に戻った。

    　同期達の顔色が特に変わっているわけでもない。学園の内も外も月末のGⅠ天皇賞に向けて、ウマ娘も人間もあれこれと話をしている。マティリアルの姿を探してみたがすぐには見つからなかったので、まずはトレーナーに挨拶しに行き、今後の方針を打ち合わせる。

    「今月の重賞はもう間に合わないかもしれない。登録できるかわからないが月末のスワンS、持ってるレースポイントから行けばもちろん天皇賞(秋)も行けるとは思うが……」

    　事前登録の遅れ、練習不足に下り坂基調。距離は適正だが、噂の『白い稲妻』と『葦毛の怪物』の出走で勝ち目は薄い……そう言外に言いたげなトレーナーの俯きに、私は応えた。

    「江戸スポーツ杯をなんとかお願いします」
    「は？」

    　顎が外れたようなトレーナーの顔に、私は笑みを浮かべる。グレードレースではない。その日の東京のメインレース。ただのオープンではないが、ダービーウマ娘が好んで出るようなレースではない。緩んだ私にとってみれば『絶対に勝てるレース』でもないが、負ければ間違いなく雑音が大きくなるレース。

    「……確認するが、オープンだぞ？」
    「東京、芝二四〇〇ｍ、左回りですよね」
    「……ほんとうに、いいんだな？　負けたらシャレにならんぞ」

    　トレーナーの目には『焦燥』と『困惑』の二つしかない。ついにメリーナイスはおかしくなったのか、と。
    　リスクも分からず、あのレースと同じ舞台を選択したいだけなのではないかと。

    「今回は負けてもいいんです」
    　私はトレーナーの瞳の奥を覗き込むように真正面から告げた。
    「一人のウマ娘として、ただ何も考えず全力で走りきること。それだけです」

    　ゴクリと音が聞こえそうなほど大きくトレーナーが唾を飲み込む。しばらくの沈黙の後、トレーナーは絞り出すような口調で言った。

    「俺はトレーナーだ。『負けてもいい』なんて口が裂けても言うわけないだろう」
    「もし江戸スポーツ杯の登録が取れませんでしたら、来月の福島人友カップでお願いします」
    「それだってオープンだろうが！　しかも、ええと……」
    「芝１８００ｍ、右回りです」

    　そう、それはマティリアルの上手さに負けたあのレース。GⅠを勝ってもまだ気持ちが若かった自分が、完全に手玉に取られた。借りを返すわけではないが、悔いが残るレースの一つでもある。

    「もう一度確認するぞ。お前が言ったレースは二つともオープンだ。出れないレースではない。しかしダービーウマ娘が出場可能なGⅠを蹴ってまで出るようなレースでもないし、シューズには間違いなくハンデ蹄鉄が付く」
    「わかってます」
    「ただ勝ちたいからオープンに出たい、そういうわけではないんだな？」

    　私は無言で頷いた。

    　世間はトレーナーの危惧するように、私を見ることだろう。非難も浴びるに違いない。それでも今私が必要としているのは、自分がこの世界のどんな場所でも走り続けられるか確認することだ。重賞のように華やかな舞台では、それは確認できない。

    　意図を汲んでくれたかどうかはわからない。だが、長い付き合いのトレーナーは、大きく溜息をつくと『わかった』と応えてくれた。私は深く彼に一礼し、部屋を出る。

    　いつもなら冗談の一つも背中へと投げかけてくるトレーナーの声は、なかった。