実装してほしいウマ娘にハイセイコーが少ないのは何故?
雑談掲示板より
名無しのトレーナー
テンポイントやシービーとかは実装して欲しい、という書き込みをよく見るけど
ハイセイコーの名前をほとんど見ないのは何故なんだろう?
名無しのトレーナー
競馬界隈で広まった人気と一般社会で巻き起こった人気の違いなのかな
ハイセイコーも強い馬なのは間違いないのにね名無しのトレーナー
タニノチカラ陣営「有馬勝ったのに無視だと!?ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」名無しのトレーナー
テンポイントは分かりやすいライバルと悲劇が
ミスターシービーはシンボリルドルフ絡みで想像しやすい
ハイセイコーは一般人気が高すぎな上に血統的に他のウマ娘とは絡みにくい名無しのトレーナー
同じスーパーアイドルホースのオグリキャップとか、
“白いハイセイコー”と言われたハクタイセイと戦っている
ライアンやフウジン、ヘリオスあたりは絡めるんじゃないかな?
ハクタイセイはラストランがダービーなんでマックとは
縁があまりない(引退理由が繋靭帯炎、くらい)けれど名無しのトレーナー
割と知らない子が増えてきたのもあると思う名無しのトレーナー
地方出身でタケホープとかライバルもいてドラマもあるから
良いと思うんだけどね
マルゼンよりもキャラ的に面白くされそうだけど名無しのトレーナー
98世代直撃のオッサンでさえ「なんか名前だけ聞いたことある。昔のアイドルホースだっけ?」程度の認識だからしゃーない名無しのトレーナー
昔からハイセイコーは影薄いなぁ。ウイポでもTTGより存在感ないし。名無しのトレーナー
人気先行で実績が後半崩れて天皇賞春で惨敗して怪物から普通の馬になってしまった名無しのトレーナー
でもウマ娘の「アイドルでありアスリートであり」ってポイントはハイセイコーの存在を無視したらメタ的にはあり得ないから、どこかで拾って欲しいなぁ、とは思うのよ。名無しのトレーナー
すまんアイドルホースって聞くとオグリしか思い浮かばんわ名無しのトレーナー
そのオグリキャップの前、大井競馬で生まれ日本に初めて競馬ブームを巻き起こしたスーパーアイドルホースがハイセイコー。
週刊少年マガジンが表紙に採用したり、引退記念に「さらばハイセイコー」なんて歌が作られて主戦の増沢末夫騎手が歌って大ヒットしたくらいには社会現象になった。
ハイセイコー引退の翌年にデビューした馬がマルゼンスキー。名無しのトレーナー
ハイセイコーは社会現象になって競馬をギャンブルからレジャーにした馬の一頭だからたぶん一定以上の年齢のファンには全く影が薄く無いはず、こち亀でも両さんはハイセイコーに言及してたし。
でも流石に半世紀前の馬だから名前すら知らない人も名前しか知らない人も多いと思う(名前だけ知られるレベルの馬な時点で他の名馬とは一線を画す人気の仕方だけど)
ウマ娘に出てくる名前どれもが名馬?まさかウマ娘でサイレンスズズカやライスシャワーの名前また見れるとは思わなかったわ~
そのうちハイセイコーやシンザンそしてディープインパクト出るかもな
某ようつべで話題のウマ娘のクイズやってた馬の爺ちゃん(東北人)の実装希望の5頭が
・サクラスターオー
・オルフェーヴル
・テンポイント
・ハイセイコー
・ヴィクトワールピサ
選出理由が東北の人らしいっていうか相馬近辺の人やんかって相馬野馬追の告知もしてたウマ娘ハイセイコー、いっそビジュアルも名前も出さなくていいから現役ウマ娘たちの会話の中で伝説的な存在として匂わせてほしいウマ娘にハイセイコーってくるん?
祖父が大好きだったらしく遺品にハイセイコーグッズが多くてね。ハイセイコーって馬、凄かったんだね~。ウマ娘にも実装しろ()
でもそれと並ぶくらいオグリも凄かったらしいね~。
オグリがウマ娘に居るって事実だけでも 悦ぶべき事やね?ウマ娘始めるまで
トウカイテイオー
ミホノブルボン
オグリキャップ
ハイセイコー
ディープインパクト
ハルウララ
くらいしか知らなかったんですよね
競走馬や競馬に対しての知識はゼロでした
ウマ娘に出会って元の馬の事とかを調べて気付けば沼落ちしていました
ウマ娘って凄い(確信)8月にウマ娘のライブで出かけることになった旨を母者に伝えた時に、母親の世代で有名だった競走馬はなんやったのってついでに聞いたら真っ先にハイセイコーって回答が来た。
ハイセイコーは1970年に生まれた競走馬で第一次競馬ブームを引き起こした立役者であり、最初のアイドルホースですね!デビュー戦からいきなりコースレコードを更新し、続けて6勝とビックリするほどの強さを見せつけます。地方の馬なのに強いという点はオグリキャップと似てる部分がありますね。年代的にオグリキャップの方が似てるが正しいですが。当然その強さから中央移籍が決定し、弥生賞・スプリングS・皐月賞・NHK杯とそのどれもが1着。しかし1973年の日本ダービーで3着という結果に、ここでハイセイコーの不敗神話は終わりましたが、だからと言って人気は全く衰えませんでした。その逆でむしろどんどん人気が高まる始末。1973年の有馬記念のファン投票では90%以上の人がハイセイコーに投票、その人気ぶりを存分に発揮します。ちなみにハイセイコー引退時に発売された「さらばハイセイコー」は騎手であった増沢さんが歌っており、この曲はオリコンチャートで最高4位を記録します。私は世代ではありませんが、この曲は知っていましたね!
賭け事大嫌いで競馬見ないっていう50後半の母がこの曲は知ってるって言ってたから、一般知名度は高いんだろうけど
ウマ娘で言えばマルゼンスキーよりも前のになるから、リアルタイムで見てた思い入れ有る層がソシャゲ層と被らないんだと思う
当時の空気含めて記憶に深く残っていても後の人間が見れるのは記録だけだから